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2006/11/01

パンドラの箱などではない。

今日の中日新聞に一連の「高校の必修科目の履修漏れ問題」に絡んだ表現で「パンドラの箱」を持ち出していた。ある高等学校の副校長は「パンドラの箱を開けてしまった」と言ったらしい。
「パンドラの箱」ギリシア神話に登場する女性パンドラが開けたあの箱の事である。
箱に中身(災いと言えるのかどうかは解らない)を詰め込んだのは教育関係者なんだけれど、これに蓋など最初から無かったのではないのか。外界との密度の違いでたまたま混ざらなかっただけで、先の新聞によると「『教科書を買っても授業がないなど、不思議な事が起きていたという』だから生徒や親の中にも履修漏れに気付いていた人がいるのではないのか」というもの。
へ〜そんなことだったのという感である。不必要なものを購入させられても何も思わないのも変だ。使わない教科書は参考文献として一応手元に…ということか?
補習が始まった学校では、真新しい教科書を配布している映像がテレビで流れていた。
政府の負担軽減策を盛込んだ形式だけの補習が始まる。
とにかく教育者が「パンドラの箱を開けてしまった」という言辞から反省は感じられない。とてもお粗末な隠蔽工作がバレただけの事である。

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