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2008/01/04

観光ポスター。

カレンダーの風景写真を見ながら思った。

今年も観光ポスターはどこも同じような景色や行事を掲載し、今年のでも数年前のでも区別などつかないものが街に貼られるのだろうか。

とにかく地名を出しておこうという安易なものが目につく。
ろくなプレゼンなどしないからデザインコンペでも似たり寄ったりのものばかりになり、選ぶ側の知ったか振り有識者にもそれの当否などまるで自信がないのじゃないか。

現実的でない風景写真。たとえば重箱の隅を楊枝でほじくるようにして探し出したスポットを「いかにも」というふうにモチーフ化するのは間が抜けている。

ある市の観光ポスターに「町家」をモチーフにしたものがある。これは県内で「町家」を扱ったものがないから採用したという。中心市街地の活性化を進めていることもありこの作品に決めたらしい。
これだって実際に見たら「なんだこの程度か」では、やっぱり重箱の隅の胡麻粒になる。だって近代的生活臭の漂うものが寄り添っているもの。好きな人にはそれでもいいのだろうけれど・・・。

敦賀の赤煉瓦倉庫だって写真で見た時、いくつも倉庫が続いているのかと思ったけれど現実にはたった2つの倉庫。それを広角で撮影している。あのような演出にはがっかりする。(言っておきますが2つだとか1つだとか言うのが悪いということではありません)

天橋立は東尋坊にはなれないし、その逆もまたしかり。
でも観光視察などといって他所にいいものがあれば取り入れる気でいる。だからどこでもよく似たものが溢れる。

ファッションでいえば、人はいつもオート・クチュールのものばかりを求めているとは限らない。自分をどのように演出したいか、それにはどんな衣類、小物が合うのか。
そしてはたしてそれが自分の気持ちの高揚になっているか。見た目だけではなく心(精神的な)のコスプレになっているかどうか。

話が逸れた。
観光にも気持ちの高揚が必要じゃないのか。そりゃいつも高揚ばかりしていたら疲れる。たまにはひっそりとしたところもいい。でもぼくの言いたい高揚とは先のファッションで述べたように精神的なコスプレになっているかどうか。
いつもと違う所に出かけちょっと違う自分を演出できたらそれはそれで気持ちがいいものになる。
そんな観光をしてみたいと思っている人もいるはずだ。

観光地(主催者)の味付けが表に出過ぎるのはどうかと思う。自然にあるがままのものにぎりぎりまで身をまかせ、その最後の所でいい味が出ればそれはそれでいいのではないのか。
最初から無茶な味付けを狙うのは好ましくない感じがする。

なにかにつけて「活性化」と呪文のように唱え、バカの一つ覚えによるカンフル剤ばかり打つものだから、薬漬けになり、気持ちの悪い空気が充満している。こんな場所でリラックスなどできない。

隠し味も多すぎればそれは隠し味ではなく舌を苛めることになる。

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