イノシシからのハガキ。
ある宿泊施設。よくある○○会館というやつだ。
一般客には知られていない通路というのがある。
狭く薄暗く曲がっていたり、椅子やテーブル、ホワイトボードやモニター、ブライダル用品などがおいてあったりして、ボーッとしていると躓いたりする。
考え事をしながら階段を上がる。いくつかの踊り場を通る、目の前の見慣れた、くそ重い鉄のドアがほんの少し開いていて、聞き慣れた女性スタッフの声が漏れている。
たしか一階通り過ぎたと思っていたけれど・・・
ドアを開けるといつもの甘いカサブランカの香りがする。
ダウンライトが点いているのに薄暗い。声が聞こえていたのに、誰もいない。
「プル氏はお正月には帰省するのでせうか」「帰つたはうがいい」
隣の部屋にうづくまったヰノシシがゐる。
「もしかしたらムラさんですか?」
「猪を訓ずるも居の義、首のゐすわりたるよりいふ成べし」
「プルさん、プルさん」
気がつくと目の前にサヤがいる。
「ああ、ちょっとイノシシと、いや、ムラさんと話していた」
「アヤノは?」
「アヤノは厨房にいるはずのスエを呼びに行っています」
帰りがけにフロント付近を見ると、きれいな女性スタッフが会釈している。何気なくこちらも会釈したけれど、ハッとして振り返るともうそこにはだれもいなかった。
首が異様に太かったようだけれど・・・。
帰宅するとムラさんから退職のハガキがきていた。
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