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2011/05/30

過去にあった大津波?(民俗学ではなんでもあり)

東日本大震災の津波による被害を教訓に、各地の原子力発電所立地地域では対策に乗り出したという記事が目につく。

原子力発電所が多数ある若狭地方では「過去に福井県若狭地方で大きな津波被害があった。」という文献の存在を知りながら電力会社が「文献記録」を否定していたとかで、テレビ放送があった。
NHK「かんさい熱視線」と言う番組。400年前に大きな被害を出した津波があったことを示唆する記録があると言うもの。

そのような痕跡が残っているのかどうかは地質調査をすれば簡単に分かるんじゃないのかと、素人の僕は思ってしまう。海岸近くに樹齢400年以上の大木が現存すればその話なかなり怪しくなる。

福井県観光情報HPでは美浜町丹生の「美浜の根上り松群」は樹齢300~500年となっています。
関西電力事業本部のHPでは樹齢300~600年となっています。生きている木の樹齢はわかりにくいと思いますが、ここの松林はマツクイムシにより何本か枯れたと聞きますので枯れた松からおおよその樹齢がわかるんじゃないでしょうか。

先のテレビ番組では民俗学の金田久璋氏が「波除地蔵」を案内している絵がありましたが、その「波除地蔵」がかなり怪しいのです。
場所は美浜町と敦賀市の堺にある関峠頂上よりやや敦賀より。関峠の標高は100m。ここを津波が越えたというのです。
関峠を北に下るとそこは美浜町の佐田海岸。ここから津波が駆け上がり関峠を越えて敦賀市に入ったところで津波が止まった事になります。変ですね。関峠を越えたら敦賀側に流れ込みます。

波除地蔵という名称も変な感じがします。「除け」には願いの意味もあるんじゃないでしょうか。例えば「厄除け祈願」とかいうように災い除けというものです。だから「波除地蔵」が波を止めたと断定するのは変です。後にここで波が止まったのだから地蔵を建立しょうなんていうのも先の理由から理解できません。
そうでしょ?後に建立したのであれば今後こんな被害を出したくないわけですから、海岸近くに建てますよね。そこで津波をくい止めた方が理にかなっいてます。

皆が皆じゃないですが、民俗学というのは面白く興味をもたせるための仕組みがなされているように思えてなりません。風俗や習慣、伝説、民話がベースですからもう何でもありです。「学」とはついてはいるもののフィクションを現実化するのに長けている分野でしょ? えっ!違うの。

Img_2858写真は関峠の「波除地蔵」
(左の石灯籠のある祠)敦賀市方向を撮影
写真はクリックで拡大します。

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