2014/03/04

バターを切る。

1.「暖かいバターを切るみたいに・・・」
2.「バターを暖かいナイフで切るみたいに・・・」

共に村上春樹の著書
1.は文春文庫「TVピープル/加納クレタ」。
2.は新潮文庫「村上ラヂオ/あ、いけない!」。

1.は「喉をナイフで裂いた」時。
2.は「車のマニュアルシフトの操作」の時。

感覚的には、「ああそんな感じなんだろう」と想像はできるけれど、はたして本当なんでしょうか。

車雑誌には古くから「バターを暖かいナイフで切るみたいに」的な表現がされていました。
ハルキが先なのか自動車評論家が先なのか、はたまた偶然同じ表現になったのか分かりませんが、これは「よくよく考えてみると変だなー」と以前から思っていました。
だって暖めたナイフでバターを切ってもかなり抵抗がありギアが鳴ってしまいそうですね。「熱いナイフ」なら少しはましかもしれませんが、それとてあまり期待できないようです。

べつに「バター」でなくてもプリンでも豆腐でもゼリーでもいいんじゃないでしょうか、いやいやバターの「油感」ヌメーとかヌルッとかヌターッとしたオノマトペ的なものがみんな好きなんです。

さて「暖かいバター」って何度くらいを想像しますか。20℃?、30℃?それとも50℃くらい?
30℃で融解が始まり50℃では完全に液体だそうです。

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2013/04/10

今ごろになり「1Q84」を読んだ。

Img_4019
新刊だからといって飛びつかない。
やっと新潮文庫の「1Q84/村上春樹」をBOOK・OFFで手に入れたのが昨年の秋。
全3巻の小説を文庫本では全編、後編に分けて全6冊になっている。
Book 1の前編を読むのに一ヵ月もかかるというタラタラした読み方。これだと半年楽しめるなどと思ったのは間違いで、残り5冊を2週間余で読むという阿呆をしてしまった。とはいえ楽しめた。

Img_4025「不吉」と言う言葉が13回出てくる。(数え間違いあるかも)
「ダンス・ダンス・ダンス」を読んだ時に長距離トラックの音を「不吉な・・・」うまい表現だなと思ったものだ。

もう一つ気になった言葉は「つつましい」と言う言葉。これは7回出てくる。(これも数え間違いあるかも)テキスト化してカウントすれば正確な数が出るんだろうが・・・

これはすべての箇所に当てはまるわけじゃないけれど、「つつましい」を「つましい」と読んでしまった箇所があった。
僕の理解度が低いせいもあるんだろうけれど、最近この二つを同じ意味に使う方も多いようだ。

<新明解国語辞典>
つつましい(慎ましい)(1)遠慮深い(2) 礼儀正しく、しとやかだ。
つましい(倹しい)質素だ。倹約だ。

先日、整形外科で検査の後、栄養の摂り方の話になり、「牛肉ですか?えーっと最近食べたのは1月6日です」「嫌いなのですか?」「いえ大好きですが・・・経済的理由からつましい生活を・・・」
と嘘のような本当の会話をしました。


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2010/12/30

ススキとセイタカアワダチソウ。

村上春樹の文庫本を数えたら44冊(含/上下刊・共著)
ほとんどがBOOK・OFFなどで買ってきたものだ。
特に新刊に拘っていない。
そんなわけだから「1Q84」などいつになったら手に入るのかわからない。

枕元に数冊置いて寝る前にパラパラと数ページに目を通している。
昔は「こちら葛飾区亀有公園前派出所」や「新谷かおる」のコミックが多かったけれど、趣向が変わってしまった。

「村上朝日堂 はいほー!」を見ていて気がついたことがある。
その中の「チャンドラー方式」の中に次のような文章がある。

「窓の外ではセイタカアワダチソウとススキが風に揺れつづけている」
さて季節はいつでしょう?
僕はセイタカアワダチソウの黄色い花とススキの穂が思い浮かんでしまった。だから季節は「秋」であるわけだけれど、でも……そうではないようで、ムラカミ先生は窓の外のセイタカアワダチソウとススキをぼんやりと眺めていた。季節は1983年の春である。
ススキの季語が「秋」だからとかそんなことは関係なく、なぜ今頃この部分がひっかかったのか不思議だ。でも時間とともにそんなことはどうでもいいように思えてきた。

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2010/11/30

「眠り」と「うなぎ」の関係。

太宰治の短編に*「女生徒」というのがある。
このWeblogでも以前書いた

朝起きてから眠るまでの一日を女生徒になりきって(女性一人称で)書いている。
書き出しを引用する。

あさ、眼をさますときの気持ちは、面白い。
ではじまる。
一日の終わり。眠りにつく部分(小説の最後)を引用する。
おやすみなさい。私は、王子様のいないシンデレラ姫。あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか? もう、ふたたびお目にかかりません。
で終わっている。その少し前に眠りに落ちるときの気持ちが書かれている。「うなぎ」が出てくる。引用する。
鮒か、うなぎか、ぐいぐい釣糸をひっぱるように、なんだか重い、鉛みたいな力が、……
眠りに「うなぎ」か。そういえば村上春樹も眠りに関して「うなぎ」が出てきた。
超短編小説*「夜のくもざる」の中に「うなぎ」というのがある。その中で眠りの表現を引用する。
温かい眠りの泥の中にうなぎやらゴム長靴やらと一緒にすっぽりもぐりこんで……
う~んなんだか眠くなってきた。羊を数えるよりうなぎを数える方が眠りにつきやすいかもしれない。

「泥のように眠る」という慣用句がある。意味は知っていてもその語源となるとはっきりしない。でもうなぎのように泥に潜って(泥と一体化)して眠るなんて心地良さそうではありませんか。
人間だから泥というわけにはいきませんが、今日のような寒い夜は布団に潜って心地よい眠りにつきたいものです。
昨夜は寒く、節電のためにありったけの布団かけて眠ったら重くて、おかげで朝起きたら首筋が痛くて…。

*参考 「角川文庫『女生徒』太宰治」
昭和14年。太宰治30歳のときの作品。以前NHKで放送された(主演・朗読:山下リオ)これは現代風にリメイクしたもの。原作にある?な部分はすっとばし、多くの部分を割愛し多少順番を入れ替えて美しい映像をのせている。YouTubeでみつけたけれど、ここにコードを埋め込むのは著作権上好ましくないのでリンクだけ張っておく

*参考 「新潮文庫『夜のくもざる』村上春樹」

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2010/03/19

突然の案内終了。

Img_1968車雑誌(NAVI/二玄社)が今発売中の4月号を最後に休刊になる。このことは以前も書いた。

先月2月26日発売だったが、どういうわけか今月1日に店頭に並んだ。
特別定価¥1.000 長年のご愛読に対する感謝の気持ちを込めて価格を上げたらしい。フフフッ…。
もちろん買ってきた。

「自動車のこれから」という副題がついている。
そして「目的地は遥か先ですが、案内を終了します」なんていう文字が…。NAVIの目的地とは何だったのだろう。NAVIにナビを終了されてしまってうろたえるのは僕の方なんだけれど。

最終ページ「NAVI 次号予告(NEXT ISSUE)のぽっかり開いてしまったホワイトスペースには小さな文字で

See you in near future…maybe on your PC monitor…
の文字が。
「また、お会いしましょう。今度はあなたのPCの中で…。」そんなことばが示しているのかどうか分からないけれど、15年後の2025年を予想したVFXの写真ページがある。その中にiPadを小脇に抱え歩く人の姿が…。そのモニターには「NAVI April, 2025」の文字が。2010年代を振り返ると題して「あの頃、僕らはクルマを所有していた……」なんて衝撃的な文字が。そして虫眼鏡で見ないととても読めない小さな文字(1ミリ角)でとても面白いことが書いてある。興味のある方はNAVI買ってください。ついでにルーペも買ってください。ふ〜ん 国内自動車メーカーはこんなことになってしまったんだ…。中国のスポーツカーとインドメーカーのジャガーXJそれにAppleクーペーだと、なんだか僕もそんな気がしてきた。

しかし2025年の男性が小脇に抱えたiPad進化していないじゃんか!写真を見ていただけば分かるともうけれど来月発売されるというiPadそのままの姿。ま、あまり細かいことは言わないでおこう。

2025年。人は空間で指を動かせれば空間に映像が現れる。そのくらい進化していてもいいんじゃないか。

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2010/01/30

休刊。

月刊自動車雑誌「NAVI」が休刊になる。
以前は定期購読していたが経済的理由でここ数年購入していない。
いま販売中の3月号と次号(4月号)をもって休刊という。休刊などと言えばいらぬ期待を持たされるが事実上の廃刊。

「売り上げ部数、広告収入の減少で発行が立ちゆかなくなった」と発行元の二玄社は述べている。

車だけに限らずブランド品やPC、時計、ファッションといったライフマガジン的な要素も多く、NAVIを買って家路につくときなんかそれらのものまで手に入れたような気分に浸れたものだ。
で、あと2号で終わりというので早速書店に出かけた。
3月号を見て愕然とした。「見なきゃよかった」「これがあのNAVIか、なにかのまちがいじゃないのか」と思うような内容。隣りに並んでいたライバル誌「ENGINE」の方に心が動いてしまう。(編集長の鈴木氏はもとNAVIの編集長)

車の話題に関して言えば、もうそれ自体をあれこれ言う時代じゃないのかもしれない。例えば冷蔵庫や洗濯機のように生活に溶け込みすぎていて・・・。ああ、エンスーは遠くなりにけり。

食費を切りつめてやっと手にした900円を握りしめ書棚の前でくやしくなった。

書店まで片道9キロをNAVIのためにトコトコ走ってきて何も買わずに車のドアを閉めた時、とってもイヤな気分になった。

帰りにスーパーで「豚天の甘露煮」261円を買ってきた。
「NAVI」が 「豚天の甘露煮」に化けてしまった。
「クソッ!NAVIなんか無くなってしまえ!NAVI廃刊バンザイ!」

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2009/11/17

NHK短篇小説集。

昨夜、ぼんやりNHK BS2で太宰治短編小説集『女生徒』を見た。
読書苦手な僕は当然ながらこの作品を読んだことなどない。
番組では小説を映像化し朗読を被せたもの。

なぜ太宰先生は乙女心をここまで書けるのか、などと野暮なことを思うと情緒の高揚など無いように思われるかもしれないけれど、いやいやそんなことはない。
調べてみると女性読者から送られてきた日記をもとにしたとのことだけれど、瑞々しく透明感のある作品が70年も前に書かれたなんて驚きで、かび臭さなど微塵も感じない。
『なんだか、気味がよい。痛快だ。』という表現なんて面白い。
一番最後の『もう、ふたたびお目にかかりません。』なだか空気に溶けるような感じがするコトバだなー。最初番組で聞いたときは「えっ?」と思ったんだけれど、なんどか読み返すうちに自然にフェードアウトするようになった。

作品を読みたい方は「インターネットの電子図書館、青空文庫」の中の「太宰治『女生徒』」をどうぞ。

あ、それからこのNHKの番組では出演&朗読:山下リオだったけれど山下リオって宮崎あおいに似ているようで、何年か前だったら宮崎あおいでもいい作品になったと思う。

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2009/06/03

枕元の本。

作家・村上春樹の新刊長編「1Q84」(2巻)合わせて68万部も売れていると言う。

僕の場合、文庫本化されてそれがBOOK・OFFにでも出てから買うので読むのはかなり後になる。
まあしかしこれだけ売れているという事はそのうちドッと中古市場に出る可能性もあるわけで・・・。

枕元には何冊かの村上文庫が転がっているのです。
「ランゲルハンス島の午後/新潮文庫・第一刷」というエッセイのがある。挿絵は安西水丸氏が書いている。
その中に「夏の闇」というのがある。「死人の道(しびとのみち)『死者の魂が冥土に向う道筋』」の話。
挿絵は黄色いスターチス(違うかもしれない)が添えられている。
ゾクッとしたのはお話の最後に添えられた挿絵である。すごく薄い灰色でおかっぱの女性が左を向いている。その目はアーモンドのようなカタチで目玉は(−)まるで遮光器土偶のようだ。
いつも薄暗い枕元で見ていたから不気味な挿絵だとおもっていたのだけれど、じつは次ページの挿絵が裏写りしていただけだった。(次ページの挿絵は机上の静物。それがどーいうわけか人の顔に見えただけ)

「死人の道」というのは「寒いからすぐわかる」という。じつは僕もこの「死人の道」というのをうすうす感じている場所がある。
今はそこを高架でバイパス道路が通っている。梟首(きょうしゅ)要するに打ち首をした場所がこの辺りだったと聞く。

近くには小さな祠(神社)があったがそれが先のバイパス工事で祠を少し移動したという。はたして道筋がズレたりはしなかったのか?

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2009/02/13

スモールトーク。

『スモールトーク』絲山秋子著(角川文庫)
ふら〜っと立ち寄ったBOOK・OFFの書棚でみつけた。
もともと二玄社の自動車雑誌NAVIに連載されていたものを同社が単行本化したもの。
昨年2月に文庫本になったばかりのお古なので250円という立派な価格。
ただ、前の所有者はタバコを吸う男(女)だったようだ。

絲山秋子さんの文章は僕にとって粉末の薬のように喉の通りが悪くて、当時は無視していた。

あれから5年経ったけれどやっぱりつっかえて咽(む)せた。

『スモールトーク』
アルファロメオ145に乗っている女(ゆうこ)の前に15年ぶりに現れた男(本条鋭二)
男はその後、会う度に違う車で現れるというカーインプレッション的なものをラブストーリー仕立てにしたものである。

へたくそな運転の車にむりやり押し込まれたような感覚と「サビ」の部分ばかりを繰り返し聞かされているようで、半分読むのにとても疲れた。あとは惰性で読んでしまった。

ドライブシーンでもけっしてキレイな風景が感じられるわけでもなければ、オイル臭さが感じられるものでもない。それはそれで抜き取ったオイルにできた波紋のようにトローッとしたものが好きな方にはいいかもしれないけれど・・・
なんだか悪い部分ばかり書いてしまったなー。でも好きな部分もある。
ゆうこに捨てられた紺色のアルファ145の姿がやけにリアルで、放置された駐車場でバッテリーが上がり、ツタの蔓が忍び寄る。そして傷口からは錆がまわりはじめている。そんな朽ちていく姿がやけに生々しくて・・・
と思っていると併録されている掌編小説「ダイナモ」では紺色のアルファ145と出会う男の話。これを全く別のお話とみるか、ゆうこの乗っていた紺色のアルファ145とするかは読者の自由だ。

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2009/01/21

切り干し大根の煮物。

深夜に手に取った「村上朝日堂/村上春樹」をペラペラ見ていて、無性に「切り干し大根」が食べたくなった。
「聖バレンタイン・デーの切り干し大根」というところを見てしまったからだ。
何度も読んでいる文庫なのになぜ今になって「切り干し大根」なんだとも思った。

そーいえば春樹が書くと、コロッケだとかスパゲッティーだとかハムエッグとサラダとトーストだとかがなんだか無性に食べたくなって、気がつくと食卓に上っていたりする。

さて、そんなわけで切り干し大根の煮物を作った。くわしくレシピが書かれているわけではないけれど、作り方を文中にさらりと流していて、「ほほう〜 切り干し大根は一時間ほど水で戻すのか、とか、ゴマ油で最初に炒めるのか、とか、他には八つに切った厚あげだけでいいのか」など、「切り干し大根の煮物」を作った事のない僕にでもすぐにでも作れそうだった。

早速翌日にスーパーで切り干し大根120円。(春樹は道ばたで農家のおばさんから買った一袋50円のものだった。昭和60年頃のことだからずいぶん安かったようだ。)厚あげ75円。材料はこれだけである。
さっそく春樹流で作る。文中にはなかったけれど厚あげは熱湯で油ぬきをした。

で、お味は「うっ、うまい!!!」 
こんなに安い材料でしかもたっぷりの量。三日はこれでもつ。
炊きたての一合の白米と切り干し大根の煮物の夕食。
なんだかしあわせな気分になるなあ〜

切り干し大根の煮物って調べてみるといろんな作り方があるんですね。キレイな写真や、細かいレシビが書かれていたりするけれど、今回の春樹の切り干し大根みたいに僕の興味をそそることがないのは、どうしてでしょうね。ニンジンや干し椎茸を入れたり厚あげじゃなくて油あげを使う方もいらっしゃるようですね。
ところで切り干し大根の健康効果ってすごいみたいです。

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